赤旗はためく姫路城
組合代表者の上京に文部省も慌てふためいた。さっそく文部省文化財保護委員会での交
渉が始まりました。姫路城の大修理は国が直轄する文化財修復事業の柱であったが公務
員として働く者は工事事務所内でも工事主任と事務主任のみで、技術職員の給料は姫路
市が負担していたというお寒い状況でした。文部省に対しての組合の要求は30項目以上
にもわたりました。中でも職人全員を非常勤公務員として認めさせて身分保障を勝ち取
るまでは姫路城に立てた赤旗は絶対に降ろさない意気込みでした。彼等の主張は国が直
轄する工事現場の労働者と同じ待遇をというもので、決して無理難題をごり押しするも
のではありませんでした。交渉を続けていく中で、国側は作業服や安全靴の官給を認め
始めました。だが肝心かなめの身分保障を国側は認めようとはしなかった。見るに見か
ねた当時の姫路市長が両者の仲介を買ってでた。せっかくの市長の尽力にも組合側は満
足しない。まだまだ赤旗は降ろせない。意を決した組合側は再び代表を東京へ送った。
今度は仕事着姿のままである。地元選出の国会議員にも後押しを頼んだ。せっかく東京
まで来たのだから見学してきたらと議員の一人が国会議事堂への入場許可証をくれた。
一行は仕事着のままで議事堂に入って行った。守衛が止めようとしたが、そんなこと
にはお構いなしの強者どもであった。そんな彼等の行動に恐れをなしたのか、再交渉の
場で文部省は組合の全要求をあっさりと呑んだ。こうして昭和34年4月、ついに赤旗は
降ろされた。
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