十 字 紋 瓦
「に」の門櫓の西面にある軒唐破風の棟にキリスト教の十字架を模した紋を
鬼瓦として使っています。これは姫路城主がキリスト教を信じていた証拠だ
とされています。日本におけるキリスト教の歴史を考えると、その教えが広
まったのは16世紀後半のことで、織田信長が永禄12年(1569)に宣教師ルイ
ス・フロイスに布教を許してから近畿地方にも次第に広まっていきました。
豊臣秀吉も最初はキリスト教を認めていたが、天正15年(1587)に禁止令を
出し、慶長元年(1596)に「二十六聖者」を処刑していることをみると十字架
を紋として使用できたのは禁止令以前のことになります。以上のことから秀
吉が姫路城を築城した際にこの鬼瓦を作り、のちに池田輝政が再使用したと
考えられています。
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