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姫路城が競売にかけられ、姫路市米田町の神戸清一郎氏によって23円5
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0銭で落札されたのち諸般の事情により氏がその権利を放棄したという
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話が一般に信じられているが、はたしてこれは本当だったのか?
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明治4年(1871)7月14日、廃藩置県が行われ姫路藩は姫路県となりまし
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た。これにより姫路城は藩庁としての存在価値もなくなることになりま
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す。同年8月20日、全国各地にある城郭は兵部省(明治5年2月29日陸
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軍省に改称)の管轄下に置かれました。翌6年1月14日、その当時陸軍
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省の管轄下にあった城郭や陣屋のうち、陸軍省にとって必要なものだけ
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を残し(存城)、それ以外すべては大蔵省の管轄下に置かれることにな
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ります。大蔵省はこれらを廃止(廃城)するつもりでありました。
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姫路城はもちろん存城の中に含まれていました。
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明治6年1月、徴兵令が公布されます。これにより陸軍省は軍制確立に向
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けて歩みだすことになりました。しかし、なにぶん初めてのことであり、
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徴兵制が実施されれば兵士が住む兵舎も必要になるし、それを建設しな
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ければならないということで、同年2月15日、姫路城をはじめとする陸
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軍省管轄の城は、各々の城の所在府県に管理を任せることにしました。
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忙し過ぎてとても城の面倒をみている暇などないということだったよう
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ですね。この時の通達によると、城郭の大小に関係なく1ヶ所に付き2
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人の番人を置き、給与として1人当り一日金一朱と白米六合、炭・油お
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よび雑費として1ヶ所に付き一日一両を所在府県に立て替えて支払わせ
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て、あとで陸軍省が支給することにしました。また、この通達の中で
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「昨年中払下ノ見込ヲ以テ入札為致候儀ハ一切取消ノ事」という文章が
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あるところから、城の存城か廃城を決定する前に払い下げの入札が行わ
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れていたようです。このことは冒頭に書いた疑問を解く鍵になります。
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昭和2年(1927)5月30日、読売新聞に『白鷺城は俺の物と所有権確認の
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訴訟』という見出しの記事が掲載されました。要約すると
次のようにな
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ります。
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「姫路市材木町の神戸清吉氏の父親清一郎氏が白鷺城を23円50銭で落
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札して自分の所有とした。その後、明治17年、政府は8万5千円をかけ
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て大修理をしたが、清一郎氏は気にも留めなかった。時は流れて昭和と
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なる。先日、大阪税務監督局が国有財産として姫路城の評価をしたので、
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今まで自分の物だと信じていた清吉氏は大変驚き、弁護士に法律上の解
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決を依頼した。もし、清吉氏の主張が認められると神戸一家は一躍城成
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金となる。成り行きが注目される。」
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この記事が出てから2日後の6月1日、神戸又新日報に『白鷺城の所有権
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から、国を相手に所有権確認訴訟提起の噂、そんなことは夢にも思って
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居ないと、当の神戸氏は強く否定』という記事が掲載されています。
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実のところ、姫路城が競売にかけられたのは事実であったし、神戸氏が
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23円50銭で落札したこともまちがいではありません。しかし、先に書い
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たように明治6年2月の通達で「一切取消ノ事」とされているので結局姫
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路城の払い下げは実現しなかったのですが、神戸氏が落札したというこ
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とが一人歩きしてしまったようです。
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