10. はたして真実は?
橋本説によれば黒田重隆が小寺氏の命により姫路城へ移る前
に八代道慶という人物が留守居役として在城したとなってい
ます。これは本当でしょうか。石田氏によると道慶の子孫の
家にさえ留守居したという記録がないから、これは事実無根
であるといいます。
いずれにしろ、当時の様子を同時進行形で記録した文書が見
つからない限り結論はいつまでたっても出すことはできない
でしょう。
ただ、橋本氏、石田氏に共通していることは初期の姫路城は
主力の城ではなく、出城として位置づけられていたと解釈し
ている点です。橋本説からもわかるように城を家臣に守らせ
たり、子に守らせたりして自身は他に城を造って移り住んで
います。
今まで3人の説を駆け足で紹介してきましたが、みなさんはど
うお思いでしょう。私のように気楽に外野から眺めている者
にとっては、ああでもない、こうでもないと思いを巡らせて
いるだけでおもしろく、はっきりと誰が初めて姫路城を築城
したのかということがわかってしまわない方がいいような気
もします。歴史に興味がおありの方ならば、御自身で研究さ
れるのもよいでしょう。
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