京都・奈良無傷の裏 作戦国境も越えて「人類の宝」を守る米軍の陰に日本美術通
京都と奈良はなぜ爆撃されなかったか−−たとへ軍事施設がないにしても、これは
あの猛烈な空爆期間を通じて誰もが疑問としたところであらう。終戦後三箇月いま
初めてこの疑問が解けた・・・美術と歴史を尊重するアメリカの意志が京都と奈良
を「人類の宝」として世界のため、日本のために救ったのである。
この計画を貫くために活躍の中心となったのは開戦とともにアメリカに出来た「戦
争地域における美術および歴史遺跡の保護救済に関する委員会」である。
アメリカ大審院判事ロバーツ氏を委員長とする同会の使命は東洋および欧州の諸戦
場における貴重な美術や史蹟を戦火から救わんとするもので、日本の諸都市に空爆
が開始される時に、京都、奈良を作戦目標から除外しようとハーバード大学附属フ
ォッグ美術館東洋部長の職にあるラングドン・ウォーナー氏が献身的な努力を尽く
したのである。
ウォーナー氏は著名な日本美術通、ハーバード大学卒業後間もなく来朝、岡倉天心
の下東洋美術を専攻し、日本、ことに奈良、京都を愛すること日本人よりも深い位。
奈良にある時は小さな日本宿にくつろぎ、万事日本語で用を足すといった調子だっ
た。前記委員会における氏の活躍の詳細な経緯はなほ不明だが同じく著名な美術研
究家で現在マツクアーサー司令部の文教部長たるヘンダーソン中佐が日本に進駐し
てはじめてウォーナー氏の並々ならぬ努力の秘話が伝へられたのである。
戦争の激化につれ、戦略上に文化的考慮をとり入れさせることは決して容易ではな
かつたにちがひないが、ウォーナー氏の熱意は遂に京都、奈良を救ふことに成功し
たのだといふ。以下略(朝日新聞 昭和20年11月11日付 東京版)

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