2. 翼を得た人類
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1903年12月17日、アメリカ・ノースカロライナ州キティ・ホークに歴史的な時間が流
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れた。ウィルバーとオービル兄弟、そして彼らを見守る5人の住民が共有したわずか12秒
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間の出来事。大空を自由に飛びたいという兄弟の純粋な夢が実現した瞬間であった。空気
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よりも重いものが動力飛行可能となったことで様々な可能性が広がっていった。と同時に、
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やがて来る、空からの脅威に人々が逃げまどうことになる悪夢の幕開けでもあった。
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飛行機発明者の無垢な志はいつの間にか片隅に追いやられていった。変わって、この新
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発明に群がる俗人たちの手垢にまみれ、飛行機は次第に殺人兵器としての顔を持つように
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なる。
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空から爆弾を落とすという発想は飛行機が登場する以前からすでにあった。気球を使っ
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ての空爆を禁止しようとする試みは帝政ロシアが1899年ハーグの国際会議で初めて提案
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した。しかし、アメリカはこれに反対、結局空爆を5年間暫定的に禁止するということで
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決着をみた。
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空爆禁止案が効力を失う少し前に飛行機は誕生した。この画期的な発明を各国が見逃す
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はずはなかった。飛行機が何とか使いものになるまでのつなぎとして飛行船の開発が進め
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られた。
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1907年の第二回ハーグ会議では前回より多くの空爆禁止案が提出された。会議では空
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爆を全面禁止にするのではなく、飛行機などの航空戦力の使用を制限するというフランス
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の案が採択された。
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しかし、これは単なる時間稼ぎの意味しか持たなかった。飛行機実用化のめどが立つと、
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全面空爆禁止を唱える国などもはや何処にも存在しなくなっていた。
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飛行機の誕生から間もない時期に勃発した第一次世界大戦では、戦闘は主に地上に於い
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て繰り広げられた。敵味方入り乱れての戦いはいたるところで起こったが、すべての戦闘
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が重要な拠点の争奪に関わっていたとは言えなかった。中には然したる重要性のない戦い
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もあり、その無意味な戦いの中で失われた兵士たちの数は甚大なものに及んだ。
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敵対する国家はお互いの心臓部である大都市および工場、食料、戦争遂行に必要な資源
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の破壊を目指した。
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それぞれの国は重要拠点には軍隊を配備し、これらを防衛した。敵を打ち負かすには地上
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戦でこれらの軍隊を粉砕し、拠点にまでたどり着き、これを壊滅させなければならなかっ
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た。これは過去何百年も続いた古い戦争理論を踏襲していたが、第一次世界大戦ではこの
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理論はまだまだ現役であった。軍隊同士の戦闘は長時間続く消耗戦を意味し、大戦参戦国
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は終戦時には疲弊しきっていた。このまま従来の理論に従っていけば、将来の地上戦は双
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方の破滅につながるであろうと考えられていた。
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この大戦に於ける航空兵力は、既存の地上兵力と比較すると決して大きなものではなか
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った。それはいまだ飛行機が発展途上にあったためであるが、飛行機の秘められた可能性
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に着目した各国は先を争って性能向上に努めた。より速く、より高く、より遠くへ、より
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大きく。
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飛行機を兵器に仕立て上げようとする人類の飽くなき野望は、その甲斐あって飛行機の
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性能を僅かの間に著しく発展させ、それまでの戦術に革命をもたらした。従来は不可避で
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あった地上戦を一足飛びにして敵の拠点を頭上から攻撃可能としたのである。
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イギリスでは1918年、陸軍や海軍の一部分としてではない全く独立した兵力、「空軍」
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を持つまでに至った。
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長足の発展をとげた飛行機の可能性を視野に入れて、将来の戦争を予測した何人かの航
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空戦略理論家たちが登場した。
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1921年、イタリアのジュリオ・ドゥーエは彼の著書「制空権」の中で次のように述べ
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ている。
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『来るべき戦争では、もはや戦闘員、非戦闘員の区別はなくなるだろう。戦場で兵士が構
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える銃は女性が工場で組み立てる。農民の栽培した作物は兵士の食料となり、科学者は兵
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器を開発する。戦場での目前の軍隊は真の敵ではない。国家の中枢、軍事力の源泉こそが
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本当の敵なのである。敵の一般市民を攻撃することによって彼らを恐怖に陥れる。これに
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より敵国家の社会構造は破壊され、敵国民は自国政府に早期戦争終結を働きかけるであろ
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う。軍隊よりも脆弱な民間人を攻撃すれば、従来の長期消耗戦よりも早く決着がつき、か
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えって流血も少なくて済む。』
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ドゥーエの理論が現実になるのにそんなに時間はかからなかった。やがて勃発した第二
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次世界大戦が彼の理論を実践する舞台となった。
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