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10. 難問尽きず
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それは大天守の解体が3階にまで進んできた時(昭和32年10月)に起きました。大天守
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には東と西の心柱が地階から6階床下まで貫通して建っています。東の心柱は一本材で、
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西の心柱は3階で二本継ぎとなっています。この継ぎ手部分を外した際、木の中心部が
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全長に渡って腐っていることがわかりました。特に継ぎ手部の傷みがはげしく、再使用
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不可能と判断されました。西の心柱の外観からは内部が腐っているとは思いもよりませ
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んでした。この緊急事態を受けて急遽心柱の用材を探さなければならなくなりました。
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西の心柱はもとは栂(つが)材でしたが、今度は耐久性に富んだ檜(ひのき)材を使用
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することとし、さらに東の心柱と同様に一本材で造ることが決定されました。昭和33年
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4月、心柱探しが始まりました。一口に心柱探しと言っても、長さ24.6m、根元の長径
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95cm、短径82cmの断面を持つ従来の心柱の条件を満たし、その末口を直径42cmに仕
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上げるには、最低限木の根元が1.3mで末径が54cmのまっすぐの檜材でなければなりま
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せん。そのような巨木が簡単に見つかるはずもなく、工事事務所から依頼を受けた木材
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業者は兵庫県下をはじめ、四国、九州、岐阜、長野、三重、和歌山の山中に分け入り探
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し歩きました。木の納入期限は昭和34年7月末までと限られていました。
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