| 22. 大天守現わる |
| 「昭和の大修理」も6年目を迎えていました。大天守の工事は順調に進んでいきました。 |
| 小天守と渡り櫓の工事も昭和36年9月22日に棟上げを終え、内装および外装の工事が進 |
| められていきました。昭和37年になると大天守の外装工事が終わり、その年の7月7日、 |
| 素屋根の解体が始まり、7年振りに大天守の姿が次第に現われてきました。素屋根の足元 |
| にあったため最後まで組み立てられなかった「台所櫓」と「ニの渡り櫓」も昭和38年6月 |
| から急ピッチで工事が進められ、「折廻り櫓」、「備前門」の解体組み上げ、その他桟橋 |
| の撤去、残土の処理など一切の工事が終了し竣工式が行われたのは昭和39年6月1日のこ |
| とでした。文化財保護委員会と姫路市が共催した竣工式には千人もの人々が参列しました。 |
| 奇しくも、同じ日にローマではユネスコのイコモス(国際記念物遺跡会議)の設立を決める |
| 国際会議が開かれていました。30年後にやってくる不思議な巡り合わせに人の意志を超越 |
| した何かを感じるのは私だけでしょうか? |
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