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3. 素屋根と桟橋
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昭和31年4月から「昭和の大修理」は始められました。姫路城を解体してしまうのです
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から一朝一夕には片付きません。そこで最初に手がけられたのは素屋根(すやね)を造
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ることでした。素屋根とは工事用の足場のことで、工事が終わるまでの間姫路城を被い
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隠しておくものです。なにしろ大天守を包み込んでしまう巨大なものですから、風の影
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響をもろに受けます。ですから、風速40mの台風にも耐えうる強度を要求されました。
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素屋根の形はそれまでに例がなかった「四方転び」という形が採用されることになりま
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した。姫路城は上にいく程すぼむ形状ですから、従来の箱型の素屋根では上方では大き
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な空間ができてしまいます。城を解体していくにつれて段々空間は大きくなっていきま
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す。できた空間は丸太を組んで埋めていきますが、空間が大きければ木組みも難しくな
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り重量もかなりのものになってしまいます。四方がおなじ斜面になる「四方転び」型の
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素屋根は空間の問題は解決できます。しかし、前例がないためうまく造れるのかどうか
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誰にもわかりませんでした。また資材の運搬のために長さ約200mの桟橋が大天守から
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三の丸広場に架け渡されることになりました。
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