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5. 姫路城の解体
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姫路城の大天守の解体が始まったのは昭和32年4月からでした。大天守を構成する部材
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は数万点に及ぶため、よほどうまく整理しておかないと再び組み上げる時に混乱するこ
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とは想像に難くありませんでした。解体に先立つ昭和30年10月からはすべての部材に
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木札を打ち付ける作業が行われていました。木札には階数、場所と位置、名称を明示し
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合番号をつけておきました。鬼瓦や鯱などには番号を書いた紙片を張り付けました。
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同時に、再使用できる部材かどうかのチェックが行われ、各部の寸法の測定および写真
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撮影もされました。
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こうした準備が整った後、まず屋根瓦から解体し始め、壁土を剥ぎ落し、軸部柱、床組
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と次々に取り外し、それらを全部三の丸広場に運び、階別に分けて工作小屋に保管しま
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した。最初は作業も順調に進んでいきましたが、4階を解体する頃になるとそのスピー
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ドは極端に遅くなりました。なぜなら使用部材が大きくなって危険度が増してくるから
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です。3階になるとより以上に難しさが増しました。厄介なことに姫路城の地階から3階
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まではひとまとまりになっており、長い通し柱が地階から3階まで通っているのです。
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巨大な重量を支えるために梁も比べものにならない程太くなっています。殊に心柱と組
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まれた梁を抜く作業は困難を究めました。
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