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9. 姫路城の救世主
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陸軍第四局長代理中村重遠(しげとお)大佐。姫路城菱の門を入って左手へ進む(西
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の丸方面)ところに彼の顕彰碑が建っています。彼の働きによって今の姫路城はある
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と言っても過言ではありません。では、中村大佐とはどういう人物だったのでしょう?
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彼は高知藩宿毛出身で、戊辰戦争に従軍してからずっと陸軍一筋で、西南戦争が終わ
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ると陸軍大佐に昇進しました。そして、陸軍省第四局に入ります。この第四局という
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のは陸軍の建築修繕を担当する局でした。それでは、彼の果たした姫路城に対する大
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きな功績とは何だったのでしょう?彼は、明治十一年十二月二十六日に陸軍卿山県有
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朋に名古屋城および姫路城の保存を太政官に上申してもらいたいという内容の意見書
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を提出しました。参謀本部長の山県はこの意見書を本部内で検討し、同本部総務課は
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翌年一月六日付で「伺出之通リ夫々御処分相成可然存候」と回答しています。陸軍第
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四局長代理という中村大佐の地位が城の保存問題を後押ししたと言えるでしょう。
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これでやっと姫路城は保存へ向けて本格的な第一歩踏み出すこととなりました。しか
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し、保存修理にかかる費用をどうするのかという問題はまだ見通しが立たないままで
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した。
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