| 2. 池田輝政による築城 |
| 現在の姫路城は、その規模の大部分を池田輝政が築城したものです(除く西の丸)。 |
| 輝政は、慶長六年(1601)から新たに縄張りを定め、城域の拡張に取りかかりまし |
| た。全体の工事としては九年の年月がかかっています。しかし、本丸の天守につい |
| て言えば、輝政は、慶長十三年夏から翌十四年十月の二年足らずの期間で現在見ら |
| れる大天守および三つの小天守と、これらをつなぐ渡櫓を完成させたという。 |
| このことは、機械力がそれほど発達していなかった当時を考えるとまさに驚異とし |
| か言い表せません。 |
| 姫路城を築城するに当っては、普請奉行および作事奉行がおかれました。石垣や濠 |
| を造るのは普請奉行が行い、作事奉行は建物の建築を受け持ちました。 |
| 輝政による築城の際、縄張と普請奉行を担当したのは、家老である伊木長門守忠繁 |
| でした。 |
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