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3. 姫路の地勢と交通
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最初に姫路城をいつ、誰が築城したのかという問題に入る前に、
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なぜ「日女道丘」が選ばれたのでしょう?それにはいくつ
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かの理由があるでしょうが、主にこの地方の地勢が関係してい
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るものと思われます。
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地図を見てもわかるように、北には中国山脈系の山々があり、
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南には瀬戸内海、東には桶居山、高山がそびえ市川が流れる、
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西には城山、京見山および夢前(ゆめさき)川が流れており、
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三方を標高200m以上の山々で囲まれ、市川、夢前川に挟まれ
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た南に広がる平野のほぼ中央に「日女道丘」は位置しています。
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標高46m、東西最長350m、南北最長365m、面積二万五千坪
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(678a)の小高い丘でしかありません。これに加えてすぐ西には
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船場川を隔てて男山、その南方には景福寺山が対峙しており、防
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御の面から見れば多少の欠点があるとはいうものの、その欠点を
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補って余りある長所があり、軍事的に重要な地として認められて
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いました。
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また交通について見てみると、西国中国地方から京阪地方へと通
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じる山陽道は「日女道丘」の南を通り、福知山を経て舞鶴に出る
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丹波街道、篠山に至る篠山街道、生野に至る生野街道、鳥取を経
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て松江に出る因幡街道などがこの地より山間を縫って走り、飾磨
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港へ行く飾磨街道、室津に至る室津街道、妻鹿港、高砂港を経て
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明石港に通じる浜街道などが海岸伝いに走っており、交通の要衝
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であることは疑いのないところであります。
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