1. 姫路の地名の由来
姫路城の天守閣から眺めると城周辺に小高い丘が点在しているのが
分かります。播磨国風土記によると神代の昔、このあたりがまだ瀬
戸内海の一部だった頃です。大汝命(おおなむちのみこと)の息子
火明命(ほあかりのみこと)は大変な乱暴者でした。父の大汝命は、
息子の性格がどうしても直らないことを悲観して、どこかに捨てて
しまうことを決心したのです。ある日、二人は船に乗って海へと漕
ぎだしました。船が因達神山(いだてかみやま)に近づいたとき、大
汝命は火明命に「あの島で水を汲んできてくれ」と頼みました。
そして、火明命がまだ戻らないうちに船を出してしまったのです。
父にだまされた火明命の怒りによって海は荒れ狂い、強風が吹き
荒れ、船は沈み、積み荷は投げ出されました。
船が沈んだところを船丘、波丘と名付けました。積み荷が落ちたと
ころにもそれぞれ名前が付きました。(詳しくはこちら)
一番最後に、蚕子(ひめこ)が落ちたところが日女道丘(ひめじおか)
と書かれています。日女道丘は、中世には姫道山(ひめじやま)とい
い麓の村を姫道村といいました。姫道は姫路とも書いたのでまさに
この山(現在の姫山)は姫路の名の起源といえるでしょう。
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